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LOOP

b_20140710.jpg遅ればせながらで『シドニアの騎士』を観終えた。

生き残った人類の一部を乗せて宇宙を旅する宇宙船シドニア。
そこへ襲いかかる謎の生命体「奇居子(ガウナ)」と
人型巨大装甲「衛人(モリト)」を操縦して
シドニアを守る主人公たちとの戦いの物語である。

端的に言えばロボットものであるが
そんなに単純なお話ではない。
さっきまであたりまえにそこに存在した人が
あっけなく死んでしまう。
無慈悲にあらわれるガウナの絶望の圧力に
胸のあたりがヒリヒリした。

重たく引き込まむ物語は
私好みだったなぁ。


劇中に平和を訴えてデモをする老人が描かれている。
「ガウナとの戦争などでっちあげだ」「武器を捨てろ」
…的なことを叫んでいた。
その老人をスクリーンのこちら側から神の目を借りて観る私は
「何を寝ぼけたこと言っているんだ」という気持ちになった。

それと同時に、皮肉にも、私の頭の中では6月30日のリアル、
先日の国会前でのデモのニュースを重ねていた。
私の気持ちはそのデモに賛同している。
集団的自衛権の行使ができるようになることの先に
歴史のループ感を危惧してしまうのだ。
ぐるりと回ってまた同じ道に出てしまったような。
そのループから脱却していくことが
人類の新しいカタチへ続いていると思うのだが。

専守防衛が重要で、海外へ派兵することはよしとは思えない。
その時々の上層部の憲法解釈によって
都合良く用いられるような仕組みであってはいけない。
ぼんやりとした枠組みではなく
想定事例をもって具体的に細かく設定していくってのでは
だめなのだろうかなぁ。
まあ、理想先行型机上論と指摘されれば反論のしようもない。

ただ、平和であって欲しいと願う
おバカさんであるからして。


…とまあ、ずいぶんと横道にそれたっぽいわけだが
シドニアの騎士の劇中の老人に話しを戻してみると、
私はそこには賛同できなかった。

似通ったふたつを重ねたところに生じた真逆の矛盾。

自分を劇中の中に置いて考えてみる。
襲いくるガウナを前にして戦わずを叫ぶだろうかと考えてみる。
答えは「いいえ」だ。私はおそらく武器を持つだろう。
そして、ガウナを殺すことを考えるだろう。
そうしなければ私が殺されるという恐怖に駆られて。

平和であって欲しいと願う
おバカさんの私がだ。

そこから少し空間を転移させて
戦争が始まってしまった世界に私を立たせてみる。するとやはり、
同様の思考をし、判断する可能性はそこそこに高い。だからだ。
戦争はおこしちゃだめだ。始まってから反対ではたぶん遅い。
平時にこそ、戦争から遠い場所を目指す必要があるのだな。


なにが言いたいかっていうと
「シドニアの騎士、おもしろかったよ」
ということである。
 

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2014.07.10.Thu.22.56 | ぐうたらの書

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